なぜルクセンブルクへ行ったの?
- Kirika Kuno
- 5月27日
- 読了時間: 4分
「なぜルクセンブルクへ行ったの?」
これは一番尋ねられる質問で、私はそれによくあるつまらないお答えしかできません。それは当時の夫の転勤のためでした。
ただその夫とはルクセンブルクへ来て三か月ほどで別れることとなってしまいました。夫は日本語が堪能なフランス人で、私はついつい現地での手続きやコミュニケーションは彼にまかせっきりでした。そんな矢先に彼と別れることになってしまったのです。私はなんと、それから何年間か両親にも離婚のことを伝えませんでした。そして私は友達もいない、職もない、フランス語もカタコトのなか、フリーランスのイラストレーターになる決意をしたのでした。

多言語国家でびっくりしたこと。
ルクセンブルグの公用語はルクセンブルグ語、フランス語、ドイツ語です。さらに両親がポルトガルやイタリアからの移民で、英語が話せるのは当たり前なので、6か国語、7か国語話せる人がごろごろいます。
ほかにも多言語国家はたくさんありますね。例えばスイス、ベルギー、イタリア。ただそういった国では地域によって話される言語がことなり、国民全員がすべての言語を使えるわけではありません。ルクセンブルグのすごいところは、ルクセンブルグ語、フランス語、ドイツ語が義務教育なので、国民は皆この三か国語をマスターしている、という前提であることです。ただ学校を卒業した後の人生でルクセンブルグ語ばかり話しているとフランス語を忘れてしまうというような人もわりといます。またフランス人のようにフランス語が使いこなせ、ドイツ人のようにドイツ語が使いこなせるひとも極めて少ないのです。さらにルクセンブルグ語自体も長らく書き方の授業がなく、多くの人は正しい文法やスペリングを知らずに話し言葉として使ってきました。そのためチャットなどではおのおの好き勝手なスペリングで書いているのです。つまり一つの言語も日本人が日本語をマスターしているレベルには使えていない人が多いということです。
日本の方々は多言語を話せる欧州人に会うとついすごいすごいといいます。しかしヨーロッパの言語どうしは構造がとても似ていたり、同じ単語がたくさんあったりして、日本人がヨーロッパ圏言語をマスターするのにくらべてかなり難易度が落ちます。しかも実は一か国語もきちんとマスターしていない人が多いので、それに比べて複雑な日本語をハイレベルにマスターしている日本の方々はこれに一切引け目を感じる必要がない!と思っています。
エリートほど英語しかできない。
実はホワイトカラーの職ほど、英語さえできれば働けることが多いです。たとえば金融業界ではルクセンブルグの公用語であるフランス語もドイツ語もできなくとも、英語ができれば働けてしまいます。一方で接客業やブルーカラーの人ほどいろんな移民の人々と仕事をするためもあってか何言語も話せることが多いです。
あるときドイツのSaarbrückenという町に行った時のことです。そこには大きなスーパーがあって、周辺国より物価が安いのでベルギー、フランス、ルクセンブルグから週末お客がおしよせます。私もその一人でした。お手洗いにいくと、なんと改札があります。お金を入れてチケットを取らないとトイレ改札をくぐれません。ただこのマシーンが複雑でどこにお金をいれるのか、どっからチケットをとるのか、どうバリアを開けるのかよくわかりません。一度入ったあとの出るのもまた難しい。そのためあちこちの国からきたお客はみんな立ち往生してああでもない、こうでもないといろんな言語で言い合っていました。そこへ清掃員のおじいちゃんがモップを片手にやってきて、それぞれの人に合わせてドイツ語、フランス語、英語、フラマン語でマシーンの使い方を説明してくれたのです。まだ欧州に来たばかりだった私は本当に驚きました。
病んでなお多言語
さて、またこれもルクセンブルグにきてまもなくだった頃、バスに乗りました。当時も今もルクセンブルクは金融の国として知られ、投資などでは大損失を出す人もいるし、冬は太陽はでないしで、欧州でも自殺者が多いといわれていました。現に私がルクセンブルグに行った当初から長年かけて町のシンボルであるアドルフ橋は大規模改修工事中でしたが、その大きな目的の一つはそこからの飛び降りを防ぐためともいわれていました。
さて、そんなわけで心を病む人が多いようです。そしてバスの中にもずっと独り言を言っている青白い顔をした青年がいました。私はわぁどこの国の乗り物でも、変になってしまった人に巡り合うものなんだなぁと思って、昔よく乗っていた京成線を思い出してしみじみとしました。ただよく耳を澄ますと、彼はルクセンブルグ語、フランス語、ドイツ語、時々英語でずっと何かをつぶやいていたのです。これは京成線とは違うな、と思ったのでした。
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