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なぜルクセンブルクへ行ったの?

執筆者の写真: Kirika Kuno
Kirika Kuno
7月31日
読了時間: 2分

更新日:8月2日

「なぜルクセンブルクへ行ったの?」

これは一番よく尋ねられる質問で、私はそれに対して特に面白い回答をすることはできません。私がルクセンブルクに行くことになったのは当時の夫の転勤のためでした。


 ただその夫とはルクセンブルクへ来て数か月で別れることとなってしまいました。彼は日本語が堪能なフランス人で、私はついつい現地での手続きやコミュニケーションを彼まかせにしていました。そんな矢先に彼と別れることになってしまい一人で生きていくしかなくなりました。悲しかったり、怖かったりいろんな感情におそわれるなかで、もう失うものはないという気持ちになんとか落ち着けました。そして私は帰国を選ばずルクセンブルクに一人とどまることにしたのでした。


 私は友達も知人もいない土地で、フランス語もカタコトのなか、フリーランスのイラストレーターになるための手続きを調べはじめました。そうしたなかで私を助けてくれたのは偶然出会った人たちです。


ありがた迷惑 という概念がない事が助けとなっている。


「何かあったらいつでも言ってね」「なにか手伝えることある?」


なんてほとんどの人が言いませんでした。


そうではなく、みんな具体的に自分から私の状況を救うためにできることを調べ、提案し、動いてくれることが多かったのです。

 

本当に困ったり、やることが多すぎたり、絶望失望が深い人は何を誰にどう手伝ってもらうかリサーチするのも大変ですし、頼み事の連絡をするのもエネルギーのいることです。だからこれは本当に助かりました。これが本当の優しさだなと思いました。

今も昔も、私を助けてくれている人たち、本当にありがとう。


ちなみにフランス語には “ありがた迷惑” という言葉がないそうです。みんな “ありがた迷惑”になることを惧れずに(またその惧れをいいわけにせず)積極的に人を助けようという人が多いです。それでその助けが本当に余計だったら、それを正直に言いあって、助けを断ってもあと腐れがないというメンタリティがなかなか爽やかです。もともと多言語、多文化社会で誤解が生じたり、考えに齟齬があるのは当たり前なので、“まぁいいか” の精神が浸透しているともいえます。

そのおかげで本当に困っている人を自己責任で置き去りにしない関係が作りやすいのだなと感じました。


Eye-level view of a colorful children's book with illustrations
ここはLuxembourg City のChemin de la cornicheコルニッシュ通りからの眺めだったかな・・・

 
 
 

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